「番戸」「番屋敷」から現在の地番を割り出せるのか?

家系図 ルーツ

第20

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1.家系図ニュース~先祖調査は執念が必要!?
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こんにちは、行政書士の丸山学です。

今週は珍しく現地調査の予定を入れていません。ですから、図書館等での文献調査に時間を割いています。よく行くのは国会図書館です。図書館に籠もる日は基本的に朝から閉館時間までいます。せっかく行ったら時間を有効に使わなければもったいないですから。

しかし、さすがに午前10時頃から夕方まで根をつめて十数冊の本を読み続けていると疲労してきます。特に、いくら読んでも読んでも成果が得られないときは余計に疲れてきます。

そんな時は、閉館時間は午後7時にもかかわらず5時くらいになると「今日はもう止めようかなあ‥」という誘惑が生まれます。ところが、経験上、ここからが大事だと分かっていますので気持ちを切換えます。

今週も「200年コース」の案件で、いくら調べても有益な情報に行き当たらず、案の定、5時半くらいに「今日はもういいか‥」という気持ちがもたげてきましたが、不思議とそうした状態になった後に頑張ると凄い情報にぶつかる事が多いものですから自分にそう言い聞かせて、ひたすら関連文献を閲覧し続けていました。

すると‥やはり来ました!
その「200年コース」の案件のお宅は幕末にご先祖様が某藩の足軽であったのですが、何と最古の戸籍に載っている本籍地の町を対象とした絵地図を発見しました。絵地図は弘化年間作成のもので「○○足軽町」と銘打たれていますから、まさにズバリです。

そして、その絵地図にはその町の道や川だけでなく各家の当主の名前が家がある場所にかき出されているのです。武士の家ですから苗字もあります。弘化年間といえば、戸籍でたどれている最古のご先祖様のちょうど一世代前にあたります。という事は、そこにもしその苗字が一つしかなければ、それがその家のご先祖様である可能性が高まります。

で、その結果はどうだったか?と、いいますと、実は同じ苗字が3軒ありました。
いったい、その3軒のうちどの家がご依頼人の家のご先祖様なのでしょうか?ここからまたその特定が難儀ですが、それはそれとして不思議とこうして調査というのは「もう、止めようかな‥」と思ったところから、さらに頑張ってみると何か得られることが多いようです。

やはり、どんなものでも最後は執念がものを言うようです。


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当事務所では「人権」については充分な配慮をして家系調査を行なっています。人権侵害に当たるような調査、他人の身元調査は受け兼ねますのでご了承ください。


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2.「番戸」「番屋敷」から現在の地番を割り出せるのか?
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さて、今日は「番戸」「番屋敷」のお話です。

と、いきなり言われても番戸、番屋敷って何のことか普通は分かりませんよね。これは明治時代の古い戸籍に出てくる本籍地の表示方法なのです。

今では使われないものですが、埼玉県○○郡○○村41番戸(あるいは番屋敷)などと表記されている場合があるのです。

たとえ土地の名前が旧名であっても、現在の形式で地番が書いてあれば、ご先祖様が住んでいたであろうその場所は現在のどこの地番に当たるのかは大体わかります。

ところが、「番戸」「番屋敷」という表記の場合には現在の何番地に相当するのかが分からない。つまり、リンクされていないのです。

現在では土地に対して地番が振られていますが、明治の初め頃にはその村の家に対して番号が振られていたために、こうした「41番戸」「5番屋敷」などという呼び方が生まれてしまいました。その後に住所の表記方法が地番に変更されたのですが、その際に「41番戸」の土地には「41番地」など大体でも同じにしてくれれば助かるのですが、その辺は一切考慮されず、リンクがされない状態になってしまいました。

さて、そうすると困るのがもっとも古い戸籍の本籍地にこの「41番戸」が書かれていた場合です。いえ、その後も同じ場所に籍を置き続けてくれていれば、その後の戸籍には訂正された地番が表記されていますからそれで分かります。

しかし、最古の戸籍に「埼玉県○○郡○○村41番戸より転籍」などと書かれていると、その41番戸はその後、何番地に変更されたのか知る手がかりは一切ないという事になります。

なぜ、そんな些細なことが問題になるかといいますと、まさに冒頭で書きました「200年コース」のようなケースです。絵地図があり、同じ苗字が3軒ある。そのうちのいずれかが先祖の家である事は確かですが、どれかが分からない。しかし、もし最古の戸籍に通常の地番で書かれていれば現在ではどの辺りに該当するのかが分かります。それであれば、絵地図と現在の地図を重ね合わせれば、どの家に該当するのかが見えてきます。

しかし、「番戸」「番屋敷」は現住所とリンクしていませんからそれが出来ないのです。せっかく執念でたどりついた絵地図ですが、まさに地団駄を踏む思いです。

しかし‥それでも、絵地図のどの家がご依頼人のご先祖様の家なのかを探れる可能性は実はあります。お分かりになりますでしょうか?

それは、法務局で閲覧できる旧土地台帳を活用する方法です。この際には「番戸」「番屋敷」の情報は捨てます。そして、○○村(町)の旧土地台帳の中に明治期のご先祖様の名前を探し出していきます。

もし、そこに名前を見出せれば、そこには「番戸」「番屋敷」ではなく地番形式で表記されているでしょうから、それを基に現住所を割り出していけます。すると、絵地図と現在の地図の重ね合わせでどの場所に住んでいたのかが見えてきます。但し、この方法はご先祖様が土地を所有していたことが大前提です。貸家に住んでいた場合はその土地の所有者の名前しか出てきませんので使えません。

さて、この「200年コース」の案件、どうなりますでしょうか?この案件は東北の某県ですので、今月中に出張をして調査してきます。