江戸時代の村絵図で可能性を一つ潰す

家系図 ルーツ

第16

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1.家系図ニュース~あと5年経ったらこのサービスは提供できません
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こんにちは、行政書士の丸山学です。

昨日は岐阜県で古文書や古絵図の調査を行なってきました(詳細は後述)。
当事務所のある埼玉県所沢市からの日帰りですから、始発で出発し、帰りは夜中という強行軍でした。限られた予算の中で最大の成果を出す必要がありますので、日帰りで可能なものは日帰りにするように心がけています。

体力的には結構、疲れる仕事ではありますが、出張先で現地の方や行政の方などからその土地の貴重な話を聞けて勉強になりますし、非常に楽しい仕事でもあります。

しかし、こうした戸籍の範囲を超えて家系図を作るというサービスも、あと5年もしたら提供するのが困難になるのではないかと実感しています。

と言いますのも、現在、戸籍法上の規定により明治時代の戸籍がどんどん廃棄されています(正確に言えば、大正~昭和初期に除籍になったものも廃棄の対象です)。 そうなると、やがて幕末のご先祖様のお名前を戸籍で知ることが難しくなります。

幕末のご先祖様のお名前が分からないと、江戸時代のご先祖様探しに支障が出てくるのは当然のことです。現在は、かろうじて江戸時代のご先祖様が戸籍内に見られますが、その確率も年々下がってきています。

あと5年もすると結構な確率で、戸籍に江戸時代のご先祖様が見られなくなる。そうなると必然的に、江戸時代やそれ以前のご先祖様探しが成功する確率が落ちてきます。

可能性が著しく低いことを、お金を頂戴して請負う訳にはいきませんので当然に仕事として成り立たなくなります。こうした仕事を出来なくなってしまうのが寂しい限りです。

これは当然に皆様が、ご自身でご先祖様探しを行なう場合でも同様です。
今、刻一刻と「江戸時代のご先祖様」「我が家の家系」が遠のいていっているのだという事を実感していただければと思います。行動は今すぐに~です!


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◆家系図作成サービス
調査範囲を戸籍取得だけに限るリーズナブルなコース
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 400年たどるコース
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当事務所では「人権」については充分な配慮をして家系調査を行なっています。人権侵害に当たるような調査、他人の身元調査は受け兼ねますのでご了承ください。


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2.江戸時代の村絵図で可能性を一つ潰す
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さて、岐阜県に出張に行ったのは「200年コース」のご依頼のためです。

この案件においては一つ問題がありまして、ご依頼人の家の言い伝えでは「美濃国(岐阜県)のA村が出身地である」と、伝わっているのですが、今回、実際に取れるだけ戸籍を取ってみましたら最古の本籍地は同じ岐阜県でありながら少し離れたB村となっていたのです。

色々とお話をうかがうと、家に伝わるとおりA村の出身である可能性が高そうなのですが、とはいえ、B村に本籍地を置いていた訳ですからB村の調査を行なわないのでは何とも落ち着きません。

そこで、「もしかしたら、言い伝えとは違い江戸時代にはB村に住んでいたのではないか?」という可能性を検証するために昨日、岐阜県に行ってきたのです。岐阜県の某所にB村の弘化年間の村絵図があることを事前の調査で確認して、アポを取った上で出向きました。

その村は江戸時代を通して商人の町で、往来の多い街道を挟む形で村が存在していました。そして、その絵図には見事に一軒一軒の絵が当主の名前入りで描かれていました。非常に綺麗な形で現存していました。

ご依頼人の家には、古くからの過去帳が存在していますので、弘化年間のあたりのご当主のお名前も分かっています。ですから、そのご先祖様のお名前がその古絵図にないか、照らし合わせていきました。くずし字で書かれていますが100軒ばかりの家の村ですので1分もあれば結論が出ました。

『弘化年間には、この村にはいなかった』

‥という事です。
これで、江戸時代はB村ではなくA村に居住していたということが分かり、今後はA村の調査を進めるばかりです。こうした文献調査や現地調査というのは、行なっても明確な成果を得られることは稀です。

しかし、こうして「そこの文献に存在していなかった」という事も成果の一つです。このように可能性を一つ一つ潰していくのが、ご先祖様探しの基本となります。「成果が得られなかった」という成果(?)を積み上げていくと、いつか、ご先祖様のお名前に出会う本当の成果を得ることが出来るのです。

昨日は、それ以外にも岐阜県歴史資料館で古文書をいくつも閲覧してきました。この資料館は織田信長の居城であった岐阜城の山の麓にあります。時間があれば岐阜城跡も見たかったのですが、先述のとおりの強行軍ですので、それは叶いませんでした。

バックナンバーでも書きましたが、「400年コース」の調査をしていると少なからず織田信長の存在を意識させられます。岐阜城の麓でウロウロしていると、なんだか、その信長に見下ろされているような怖い気分になります‥(笑)