名字(苗字)の日本地図~あなたのルーツが見えてくる!

日本の名字(苗字)のほとんどは地名を基に成立しています。
つまり、日本各地に名字を生んだ土地が存在し、その地名は現在も残っています。

そこでGoogleマップを利用して『名字の地図帳』を作成してみました。(現在も追加中)各名字の発祥地からご自身のルーツを実感していただけるかと思います。


~上記地図の使い方・楽しみ方~
※地図上の青い目印にマウスを合わせクリックすると名字(苗字)の説明が見られます
※より詳しい地図は → 名字(苗字)の日本地図 からご覧いただけます。

(すべての名字が掲載されている訳ではありません。順次、名字の発祥地を追加しています)

苗字・名字から自分のルーツを探る

現在は誰でも苗字(名字)を持っていますが、これも明治8年の「平民苗字必称義務令」以降のことです。

江戸時代は農・工・商は苗字を名乗ることが許されていませんでした。

しかし、実際に江戸時代の農・工・商といった庶民(つまり、武士などの特権階級以外の人々ですね)は、まったく苗字を持っていなかったのかというと、そういう訳でもありません。

お寺の過去帳や寄進帳には農民の方々の苗字がかなり記載されています。

つまり、公に名乗ることが許されなかったということですね。ですから、苗字から自分のルーツが生活していたであろう地域(苗字は地域性を表す場合が多くあります)を推測したり、職業を感じることが出来る訳です。

例えば、「剣持」(けんもつ)さんなどは、古代の役人で出納係(当時は監物と書く)をやっていたのかな~という想像もつきます。

しかし、ちょっと苗字について勉強を始めると「この苗字は先祖は○○の筈‥」などと決め付けたくなってしまうのですが・・・実は苗字というのはかなり奥が深くて複雑なものです。

たとえば『鈴木』という苗字の場合、一般的には紀伊国(現在の和歌山県、三重県)を拠点とした紀伊鈴木氏が自分のルーツかな~などと考えたりもするのですが、実はそんなものとまったく関係なく上記の『平民苗字必称義務令』の際に、もうまったく自家の本来の苗字が分からなくなってしまったので(でも、何か名乗らないといけないので)、「カッコいいので鈴木にしよう」などという理由で付けられている場合もあるのです。

ですから苗字からルーツを探ろうという場合には、江戸時代以前の本当の古い苗字を探らなければならないことになります。

また、家紋と合わせて考えることで「今のこの苗字は新たに作られたもので古くからのものではない」と見当が付けられたり、「家紋が『俵紋』で苗字が長谷川であれば藤原氏秀郷流の長谷川氏ではないか」と、考えることができるようになります。

地名との関係でいえば苗字というのは元々、地名から付けられたものがほとんどです。
ですから、まず自分の苗字と同じ地名を探すとだいぶ自家の出自に中りを付けることが出来ます。

そして、地名の中でも「小字」に注目するとよいでしょう。
小字として残っている地名が、あなたの苗字の発祥の元である可能性は極めて高いといえます。但し、小字の地名も時代とともにどんどん消滅していっています。

この苗字というのは非常に奥が深いものです。苗字研究の第一人者である丹羽基二氏や森岡浩氏の著作を読んで、自分のルーツ探しの一端としたいところです。

■あなたも系図が作れます
(丹羽基二著/新人物往来社)
柳田國男、折口信夫らに師事し、全国100万基のお墓を巡って歩いたという実践派の研究者。
「家系図」「苗字」「お墓」についての第一人者と呼んで間違いはないと思います。この書籍は、これから自分のルーツ探しを行なうという人向けに話ことばで書かれた非常に読みやすい入門書になっています。「系図」「墓」「姓氏」「家紋」「自分史」という5部構成になっています。約300ページの本なのですが、私の場合、2日間でスラッと読めてしまいました。


■自分のルーツを探す
(丹羽基二・鈴木隆祐著/光文社)
同じく丹羽基二氏の書籍ですが、文章は全て共著者の鈴木隆祐氏の手によります。新書ですので非常に簡潔にルーツ探しの基本ノウハウ(苗字・家紋・家系図・お墓・位牌・戸籍)と実践事例が描かれています。丹羽基二氏の持つ基本知識が低価格で得られますのでお買い得の1冊です。


■日本名字家系大事典
(森岡浩編/東京堂出版)
600ページ以上に及ぶ大著です。その本の厚さに圧倒されますが、6000の名字について由来や発祥地・分布を解説してあります。自分の名字や関連・関心のある名字についてすぐに調べられる優れものです。ルーツ探しに興味のある方は1冊持っていたいところです。自分の名字だけでなく、知り合いの名字の解説など読んでいると「あの人はこういう出自なのかあ‥」なんて考えて結構、楽しめてしまいます。

苗字・名字から自分のルーツを探る

よく質問されるのですが、江戸時代中の庶民(武士以外の農民、商人)は名字(苗字)を持っていなかったと勘違いされる事が多いのですが「持っていなかったのではなく、公に名乗れなかっただけ」ということです。

但し、実際に明治時代になり名字(苗字)を強制的に名乗らされるようになった時に先祖伝来の名字が分からず、適当に付けたという事があったのは事実です。しかし、その割合は極めて少なく例外的であったと考えられます。

私(丸山学)が実際に調査した「200年たどるコース」案件のことです。
山陰地方のとある地域では、郷土史などにはその地域では明治時代になって地元の著名な戦国武将の名字を勝手に付けた~というような事が記載されていました。

郷土史に書かれているくらいですから、その地域では明治時代になり名字を名乗れるようになった際に、そのように本来とは異なる名字を適当に付けたのだろうと思っていたのですが、お寺の過去帳を見ると、そうではない事が分かりました。

過去帳などの私文書では、江戸時代のものであっても時として庶民の名字が記載されているものがあります。今回見た過去帳もそうでした(宗門人別帳のような公文書では絶対に記載されませんが)。

それにより、郷土史で「適当に付けた」と書かれているその名字も、村の家々が実は江戸時代中から既に持っていたものであることが分かりました。

これまで調査してきた多くの案件でも、明治時代のその村の戸籍と江戸期の宗門人別帳を突き合わせてみると、同じ名字の家々は江戸時代中に分家している同族である事が確認できるケースも多く、決して明治時代になって適当に付けたようには思われません。

一見、適当に付けたり、地主から名字(苗字)を貰ったかのように見えても、江戸期の史料で確認すれば「貰った」のではなく元は同族であり江戸時代中に分家している事が確認できるケースも多々あるのです。

どうしてもイメージで「適当に付けた」「貰った」と思われがちですが、現在みなさんが名乗られている名字は先祖伝来の由緒あるものであるケースの方が多いといえそうです。